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あの以来

くつろいでソファでパイプをふかしていた水曜日探偵のもとに手紙が届いた。

「私自身の存在のためにあなたを否定することにしました。ごめんね。悪気はありません」

本人が言うように悪意はないようだ。
ただのおっちょこちょいのエディパ(Oedipus)だからほうっておけばいいのか。
人を否定しなければ自分がありえないなんて、なんてかわいそうなやつなんだ。
ナルシシズムがしたたり落ち、ぐしゃぐしゃに濡れた手紙を指先でつまんでくずかごに捨てる。

今日の依頼人は「頭ではわかっているのに体が…」という若者だ。
約束した時間より30分はやくその姿が現れる。母親同伴だ。

「ほんとうは、私は仕事があるので土曜か日曜日でないと来られないんですけど、あなたのところは水曜日しかやっておられないので、今日は無理を言って仕事を抜け出してきました。これからあと3時から大切な会議があるのでちょっとはやく来たぶんはやく終わってください。お願いします」

息子は終始無言。
ときどき2人の会話の途中で気を失う。

依頼されたのは、いま目の前にいる男の体の行方を捜すことだ。
頭で考えていることから自由になってふらふら出歩くらしい。
「どうにかしてください」

「よくある解決方法だけど、体に頭を合わせるのではダメなんだよね。そういう風に生まれ着いてるんだからそれを受け入れなくちゃしかたない、みたいに」

「やってみました。でもダメなんです」

水曜日探偵は過去の成功例を話す。

「この人はまだ17歳でしたけど、あちこちの権威ある探偵社に依頼してダメだったのでわたしのところに来たんです。たまたまその日母親に急な用事ができて一人でやってきたんですね。まあ、その時点で半分解決したようなもんだったんですけど」

しかし解決するのに3カ月かかった。ある日、彼から「見つけた」という手紙が来て水曜日探偵のもとへは来なくなった。

「それは成功例なんですか?」

「自分で解決したから自分の問題になったというか。それまで他人事だったんでしょうね」

不信顔で母親は水曜日探偵が提示した金額を現金で払う。
母親の「こんな少額でいいんですか?」という問いで、この事件が迷宮に入りつつあることを水曜日探偵は感じ取る。

「わからないことがあったら、あとは電話で質問してください。メールでもいいです」

水曜日探偵のそのことばを聞いて、ずっと黙っていた息子の目がキラリと光る。
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