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あの宙風

仮定や予言をふりまく思想は迷信の上に成り立っている。世の中はずぅっと進歩するという楽観主義やそれと同等の次元の思想にとりつかれ打つ手は全て無効という絶望感とは、もうそろそろお別れすべきだと思う。そこにあるのは従順な精神ではなくただの権威主義であり、自己の存在に責任を持たない「な~んにも考えていない」人間がそこにいるだけなのだ。彼らはひとりで立っていられないので、多くの者達の不安をかきたて自分達と同じ罪に加担するよう扇動し、生贄の羊を彼らの異教の神にささげるだろう。

ホーソーン・アベンゼンが高い城から降りてきたとき、彼の前に上卦が巽Xun下卦が兌Dui、風澤中孚Zhong Fu があった。

巽Xunとして、ある程度の達成と前進がある。どの方向に向かって進んでいても優位にいられる。または君子に会うことで優位になる。従う。
兌Duiは悦ぶ。

澤の上に風が有る。中孚なり。

孚の字は、親鳥が卵(子)を爪でころがしながら暖めている様子のことだ。
つまり内に信がある。

風のように無心に動き、自然の信が内部にあるような共通した価値観によって結ばれたものが支配する。

凡庸な悪がいま名前を変えて次々と登場している。

standard of the self
自分自身に対して忠実であること。
それをしてしまえばそれ以後わたし自身と共にいきていくことができなくなるようなことをしないこと。

君子は以て獄を議り死を緩む。

超越したものがこれにかかわることで告訴された案件について議論を起こし死の苦痛を緩めるだろう。


引用;なぜアーレントが重要なのか,E.ヤング=ブルーエル,みすず書房,2008.9.22.
中國哲學書電子化計劃 易経《中孚》
http://chinese.dsturgeon.net/text.pl?node=26088&if=gb&en=on

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