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あの餡製

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★☆☆☆☆ 元幕僚長の論文と同じ臭いがする, 2008/12/19
By 桜男22 - レビューをすべて見る

著者が招待作家の集まりで短期間食を共にした植民地作家たちについて語るとき、彼女のことばにこもった蔑視や生理的嫌悪感がとても気になります。
あのようなみじめさにはわたしは耐えられない、と言いたいのでしょうか。
あのような姿に日本の作家がなってはいけない。
だから必要以上にその悲惨さを強調しているのだ、と。

元幕僚長の論文を読んでいるときに感じた根拠のないエリート意識、どうしょうもない「上から目線」と同じものがその文章の裏側に透けて見えるようです。国民を守るといいながら、きっとこいつらは自分が自由に操ることができるその戦車の銃口を一番に自分達に反対する国民に向けるんだろうなぁ。

僕も経験があるのですが、3カ月ほど海外に語学留学して日本に帰ってきたとき、自分でもおもいがけないくらいの国粋主義者になっていました。こんなのじゃ世界の中では通用しない。もっと自分達の文化を大切にしなければいけないとまわりの学生達を扇動していました。この人には帰国子女コンプレックスみたいなのがあるのかもしれません。

以前、この著者の小説を読んだときにその浮世離れした発想に驚いたのですが、逆に言うと足が地についてないだけではないのかとも思いました。
同じバイリンガル作家の多和田 葉子さんや最近芥川賞を受賞された楊逸さんとの違いがはっきりと出ているような気がしました。
元幕僚長と同じように、いまこの時代に出てきて不思議ではない人が書いた本と言っていいでしょう。

BBBBBBBBB PPPPPPPPP

暗い声がつぶやいた。

「あなたの使ってることばは間違っている。あなたは知らないだろうけど、彼女は帰国子女そのものだから帰国子女にコンプレックスを持つ理由がない」

朝一番の電話に出るのはイヤだ。このところ、こういう電話ばかりかかってくる。
桜男21であるコバヤシマサオは溜息をつきかけて息をとめた。聞き覚えのある声だった。
「ええ、そうですね。辞書にもコンプレックスとは劣等感という意味で使われているとも書いてますし、日常でそのことばを使うときはおおかたそういう意味で使われているわけですからあなたがそうおっしゃるのは正しいですよ。僕は無意識のうちに潜んでその人の行動を支配しているようなエネルギーというか、エディプスコンプレックスみたいなものと同じようなことばのつもりで使ったんですけどね。たしかに帰国子女コンプレックスということばはないんですから、誤解を与えた僕のほうが悪いと思いますよ」

湿った二呼吸ほどの間を置いて静かに電話は切れた。

何回か桜男22の名前で、あの書評欄やほかの匿名掲示板に書き込んでいるので、プロバイダからなんらかのやり方でこちらの個人情報を引き出したのかもしれない。元幕僚長についての批判的なことばが相手の気に触ったのか。警告のつもりだったんだろうか。朝起きたときとなりに馬の死体がねそべっていたのでは生活に支障をきたす。まさか燃えるゴミに出せないもんな、とコバヤシマサオは思った。

それとともに、今自分がぺらぺらとしゃべったことばを反芻していて、その自己防衛の強さに気がめいった。

>最大の悪とは、汝が汝であることが悪であるのに、そのことを汝が知らない状態のことなのだ

主観的な信念として「誤解を与えた僕のほうが悪い」という言い方はそれでいいはずだった。正確な表現であるという自信はあった。書評に書いたように、それがいまこの時代についてのコバヤシマサオの評価だ。しかし、それは最大の悪としてある。

彼女の指摘は啓示なのかもしれない。
この時代は悪なのだ。
地上に神の意志を実現することこそ、いま生きているものに課せられた義務なのだ。

僕は信仰の深さを試されているのだ、と出勤前にひざまで積もった道の雪かきをしながらコバヤシマサオは思った。


引用;イスラーム文化,井筒俊彦,岩波書店,1991.6.17.
原因と理由の迷宮,一ノ瀬正樹,勁草書房,2006.5.12.
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