SSブログ

あの悦郷

越境した男が見たもの。ミスター石(Shi)には、彼女に伝えたいことがある。そのために今日ここに来たのだ。

イラン人のマダムと公園で知り合った。隣り合ってベンチに座り、お互いに少ない語彙で会話をしようとするが、ままならない。あきらめ、彼女はペルシャ語で彼は中国語で自分の気持ちをしゃべる。祖国にいたときにはしゃべらなかったことを。楽しいひととき。今日も彼女は来るだろうか。彼女を待ちながらミスター石は過去を想う。ある名前を思い出す。あれは...

ミスター石は空中に向かって大声をあげる。するとそれに反応して誰かが機嫌よくあいさつをかえす。マダムが籠いっぱいの秋の葉っぱをもって彼のほうに歩いてきている。そのなかから一枚とって、ミスター石に手渡し「美しい」と言う。
ミスター石はその葉を観察する。葉脈が枝分かれしていって一番小さくなっていくところまで。黄色やオレンジ色のわずかな色合いの違いまで。これまで彼は世界をこんな細部まで見たことはなかった。…すべてがくっきりと明るいことに気がつく。愕然とするが気持ちが惹かれていく。

この世界では、この国ではすべてが細部までくっきりと明るく照らし出されている。かの地では声に出せなかったことが、記憶の奥に閉じ込めていたことが、次々と明るい照明を浴びてよみがえってくる。ここでは個人ひとりひとりが、それぞれの想いを抱いて生きていることがはっきりと理解できる。それぞれの個人が、なにもおそれるものはないこの世界で自分から光を発している。

ミスター石がしゃべっている言葉は、すでにこの国のことばになっていた。


引用;A Thousand Years of Good Prayers, Yiyun Li, Random House, 2005
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

あの馬遜あの遼所 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。